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 vol.13 大塚紀朗先生(精神医学 助教)

 Research Story, vol.13
奈良県立医科大学 精神医学 助教 大塚紀朗先生
奈良県立医科大学 精神医学 助教
【Psychiatry and Clinical Neurosciences】2023年9月,2023 Nov;77(11):597-604.   電子版 2023 Sep 7.

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論文タイトル:
 Diagnosing psychiatric disorders from history of present illness using a large-scale linguistic model.
 
現病歴の記録を大規模言語モデルを使って解析し、精神疾患を診断する
 

 2023年9月7日に、Psychiatry and Clinical Neurosciences(IF=11.9, 2022年)に大塚先生の論文が掲載されました。日本精神神経学会が発刊する英文精神医学専門誌Psychiatry and Clinical NeurosciencesはPsychiatryの分野で世界ランク上位に位置する国際的に影響力のある学術ジャーナルです。今回は論文の内容をお伺いすると同時に、発表に至る裏話や今後の抱負などをお聞きしてきました。

?今回の論文の骨子について専門領域以外の方でも理解できるようにご紹介いただけますか。

→精神疾患の診断はWHOが策定した国際的な診断基準ICD-10など操作的な診断基準によって行いますが、実際には他の疾患と同様に、途中で変更されたり、医師や病院によって診断のばらつきが出ることがあり、AIによる診断補助が期待されています。
 AIが診断予測を行うには元となるデータが必要なわけですが、私はそのデータとして、精神科では特に現病歴がふさわしいと考えました。現病歴は患者やその家族からこれまでの生活や症状の経過を聞き取り時系列でまとめたもので、精神科の診断において欠かせない情報です。実際に、当院では現病歴を中心にして一例ずつ入院症例を精神科医が集まって検討し、どのような疾患であるか議論しています。
 そこで今回の論文では、入院患者の現病歴から精神科退院時の診断を予測するモデルを作成しました。診断カテゴリの分類にはICD-10を用い、計11クラスに分類しました。同じ現病歴から同様に精神科医にも予測してもらって、その結果を比較しました。結果、統計的な有意差はないものの精神科医を上回る一致率があり、モデルの有用性を示唆できました。ただ、たとえば精神科医でも診断が難しいパーソナリティー障害はAIでも診断は困難と考えられ、現病歴の限界も見えてきました。
 今後は現病歴以外のデータとも組み合わせた、マルチモーダルな診断ツールが次々に生まれてくると考えられます。このような人工知能(AI)が精神科医の診断に正確さ、緻密さを加える未来もそう遠くないと思います。今回の論文が臨床の現場で精神疾患を診断する支援ツールの実現に向けた一助になることを願っていますし、個人的には今後、症状を打ち込むと可能性が高い疾患名が次から次へと表示されるようなヘルプ機能を持つカルテシステムが一般的になると予想しています。

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                  (大塚先生)             

 

②【Psychiatry and Clinical Neurosciences】に論文が掲載されることになった評価ポイントについて、ご自身はどのような分析をしておられるでしょうか。

→1つは今ホットな分野だということです。ChatGPTがすっかり有名になったように、AIがどんどん身近な存在になってきていて、皆が今後、何がどこまでできるのかを知りたがっています。私が今回の研究を開始した2021年はChatGPTはまだ登場していませんが、言葉に関するAI、つまり自然言語処理はすでに盛り上がっていて、わくわくしながら取り組むことができました。
 もう一つは充実した研究材料を用いた点です。今回用いた2642件に及ぶ退院サマリーは、本学精神医学講座で蓄積されたもので、基本的に指導医によるチェックを経ており、量的にも質的にも充実していて、学習に用いるのに理想的なデータでした。これらを使ったからこそAIモデルの精度が上がり、精神科医の診断能力との比較においても、その有用性を示唆できました。診断予測に協力してくれる精神科医がいたことも大きかったです。
 加えて、奈良先端科学技術大学院大学の先生方にご指導いただき、今後の研究に向けた示唆を豊富に得た点が評価されたのではないでしょうか。研究にご協力いただいた先生方に改めて感謝申し上げます。

                        

③この研究を始められた動機、またこの分野を専攻された経緯についてお聞かせください。

→精神科を専攻することは医学部の5年生に決めました。友人と一緒に全ての診療科を洗い出し、どの科に興味があるのか、進むべきかを自らに問いかけました。その際に一番惹かれたのが精神科でした。精神科は人の心や幸せを扱い理解を深められる一方、手技や急性期対応が比較的少ない点も私にとっては魅力的でした。その後は迷うことなく精神科医になり、精神科医としてトレーニングを積み、学外の病院に従事した後、本学に戻り大学院生として研究も開始しました。大学院での研究テーマを考える中で、精神医学講座准教授の牧之段学先生にAIの存在を教えて頂きました。精神疾患と自然言語処理の相性の良さに気づき、精神科医の視点から役立つものを作りたいと思って具現化させたのが、患者退院サマリーの現病歴からAIを使って診断を予測するという今回の研究になります。

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                    (インタビューの様子)        

 

④この研究を進めるにあたって特に苦労されたことがあれば教えてください。

→今回の研究を始める前に、牧之段先生がすでにGPU搭載のコンピューターを講座に準備していました。また、本学精神医学講座の奥村和生先生がそのGPUを使えるように設定してくれたのですが、いかんせん、自分自身は専門知識をもともと持っていません。Pythonのプログラミングや機械学習の勉強は一から始めました。エラーが出るたびに調べてエラーが出ない方法を探して、あるいはその方法を諦めてまた別の方法を探したりしました。環境構築も大変でしたし、安定的にコードを動かすのに苦労しました。その苦労がAI勉強会を続けるモチベーションになっています。

 

⑤今後の先生の目標についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

→今回作成したモデルはいくつかの理由から実装に至っていません。AIは実際に役立ててこそ価値があるとも思いますし、今後は何か役立つもの、必ずしもAIでなくともよいのですが、アプリのようなものを作れないかと考えています。
 精神科医としては臨床で患者さんを診ることが生きがいにもなっていて、これを続けていこうと思います。大変な場面もありますが、数ヶ月から数年をかけて自殺リスクの高い方の情動が安定したり、投薬が有効でない患者さんが診察での対話をきっかけとして行動を変え快方に向かったりする瞬間にやりがいを感じます。
 そして一番はAI勉強会の活動の輪を広げることです。AI勉強会は2020年10月に牧之段先生のお声がけで精神医学講座の有志により始まりました。現在では、精神医学講座以外の先生方や学生にも参加いただき、月1回のペースで機械学習、統計学に関する発表や関連書籍の輪読、Pythonコードの練習などを行っています。この勉強会の存在感を本学でもっと大きくしていき、メンバー同士が情報共有し、刺激しあい、協力しあい、プロジェクトを共に行う仲間を探すような、そんなエンジニアにとって楽園のような場所を作ることを目指しています。興味を持ってくれる方はぜひ申博_申博手机版-平台官网ページをご覧ください。
奈良医大AIチーム 申博_申博手机版-平台官网ページ:https://naraidai-ai-team.github.io/homepage/ (外部サイトへリンク)

 

⑥本研究を進めるにあたっての謝辞があればご紹介ください。

→先ず、本研究のきっかけを作っていただいた精神医学講座准教授の牧之段学先生に感謝いたします。大学院に入って何か研究を始めようと考えていた時に、牧之段先生から「AIの専門家を紹介できるよ」と声をかけていただきました。疫学的な研究を始めようと考えていたのですが、AIのことを少し調べて、これは面白いと直感しました。研究テーマは自由に決めさせていただき、論文作成の際にも多大なサポートをいただきました。今回、この研究がPsychiatry and Clinical Neurosciencesに発表でき、形になったことにほっとしています。また、情報処理に造詣の深い精神医学講座の奥村和生先生には環境構築など何かにつけて困った時に助けていただきました。
 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 教授の荒牧英治先生と研究室の先生方にもお世話になりました。AIに関する専門的なアドバイスをいただき、一時期は毎週、荒牧研究室の勉強会に参加し、進捗を報告させていただき、論文の指導や追加解析の提案をいただきました。大変お世話になりました。
 また、今回の研究では、事前学習モデルにUTH-BERTを使いました。UTH-BERTは日本語の診療記録で学習し医療に特化しており、このモデルがなければこれほどの精度は得られなかったと思います。開発し公開している東京大学大学院 医療AI?デジタルツイン開発講座に感謝しています。

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以上

 

(インタビュー後記)

 学内掲示板で「AI勉強会」の案内を目にしました。こういう有志による勉強会が本学の研究力の底上げにつながっているんだと、何となく誇らしく思っていました。今回のインタビューをお願いした際、「AI勉強会」の世話人が大塚先生だということを知って驚きました。何という偶然。「AI勉強会」の宣伝もしてよければ是非引き受けさせていただきますと、お返事いただきました。研究力向上支援センターとしてもこういう活動にお手伝いできることは何かないかと考えていたところで、学内の周知は願ったり叶ったりでした。また、このような勉強会が注目論文に繋がったという記事を執筆する機会をいただき感謝しています。研究仲間が自主的に集まり、お互いの知識を交換することで革新的なアイデアが出てくる、このような活動が学内でどんどん広がっていけばよいなと思っています。大塚先生が目指す臨床現場で役立つアプリの開発に加え、本学でのAI技術×医療研究がこれからどのように展開していくのかワクワクしています。

インタビューアー:研究力向上支援センター特命准教授?URA 上村陽一郎
URA 垣脇成光

 

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【大塚紀朗先生の論文】:Diagnosing psychiatric disorders from history of present illness using a large-scale linguistic model.(外部サイトへリンク)

 

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