申博_申博手机版-平台官网 > 関連施設?センター > 研究力向上支援センター > 若きトップサイエンティストの挑戦 > vol8 西本雅俊先生(腎臓内科学 医員)
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2021年10月18日に、オープンアクセスジャーナル JAMA Network Open (IF=13.360)に西本先生の論文が掲載されました。JAMA Network Openは世界で最も広く読まれている医学雑誌の1つThe Journal of the American Medical Association(略称、JAMA)の姉妹誌です。今回は論文の内容をお伺いすると同時に、発表に至る裏話や今後の抱負などをお聞きしてきました。
?今回の論文の骨子について専門領域外の方でも理解できるようにご紹介いただけますか。
→急性腎障害(AKI: Acute Kidney Injury)は、端的に言うと、体に大きなストレスがかかることで短期的に腎機能が低下する疾患です。このストレスの1つの要因として外科手術が知られています。AKIを発症してしまうと、その後の長期的な経過の中で透析が必要になったり、ひいては短命となってしまうリスクが指摘されています。そこで、目の前の患者さんがどれくらいAKIを発症しやすいのかを事前に予測できれば、介入により少しでもAKIの発症を減らすことができるのではないか、と期待されます。どのような項目(危険因子)がAKIの発症と関連するのか、さらに複数ある危険因子の中でも、どのような組み合わせが良くなくAKIの発症リスクが高いのか、というのは、臨床現場においても大変興味のあるところです。このAKIの発症リスクを予測するための指標を2019年に韓国の研究者が発表しました。約5万人の患者さんのデータに基づき危険因子を同定し、重要度に応じて因子を重みづけして指標化したもの(The Simple Postoperative AKI Risk (SPARK) index)で、この指標に目の前の患者さんのデータを当てはめることで、その患者さんの点数が計算され、点数によってAKIの発症リスクがどれくらいかを推定できるというものです。この指標が万能なものかどうかを検証するには、その指標が国、人種、その他の条件の異なる集団においても正しく当てはまるかどうか、正しくリスクが計算できるかどうかを調べる必要があります。今回の論文では、事前に許可を得たうえで、奈良県立医科大学で全身麻酔下に手術を受けられた約6,700人の患者さんのデータを用いて、SPARK indexが日本人のAKIの発症を正しく予測できるかを検証したものになります。結果は、危険因子としてよい一致を示した因子がある一方、必ずしも一致しない因子もあることがわかりました。また、一部の患者さんでは、AKIを発症するリスクを過大評価してしまう可能性があることもわかりました。今回の研究から、万人に当てはまるようなAKIを発症予測できる指標の構築はやはり難しく、指標のさらなる精度向上に向けて、患者さんがもつ疾患の重症度や手術中の因子も考慮していく必要があると考えられます。
(西本先生)
②【JAMA Network Open】に論文が掲載されることになった評価ポイントについて、ご自身はどのような分析をしておられるでしょうか。
→患者さんがAKIを発症する場面としては、集中治療の領域、心臓血管手術の領域がとても多く、同領域ではAKIの研究が進んでいます。一方、心臓血管外科手術を除く、いわゆる非心臓手術の領域では、AKIの研究は進んでいませんでした。集中治療や心臓血管手術の領域では、患者さんの状態が著しく悪いことが多く、AKIの発症率は高いものの、同時に短期的な死亡率も高いのが現状です。一方で、非心臓手術領域では、AKIの発症率は全体の約6%とそれほど高くはありませんが、長期的に生存が見込める患者さんが多く、AKIがその後の腎臓の予後や生命予後に与える影響を考えるには重要な領域ではないかと注目しました。今回の研究は、非心臓手術を受けた患者さんに絞って行っています。これまで、非心臓手術領域では個々の患者さんのAKIの発症確率を予測できる指標はなく、SPARK indexのようなリスクを可視化できる指標が求められていました。SPARK indexは韓国のある病院の患者さんのデータを用いて構築され、さらにその指標が正しくAKIの発症を予測できるかを、別の韓国の病院の患者さんのデータを用いて検証され、腎臓領域のトップジャーナルに掲載されました。しかし、両病院は同じ大学病院の管轄に属し、患者さんの背景や手術の内容も酷似している可能性がありました。そのため、全く異なった背景をもつ患者さんのデータを用いて、SPARK indexが正しくAKIを予測できるかどうか、を検証する必要がありました。検証するには膨大な患者さんのデータが必要で、簡単にできるような作業ではありませんでした。今回、我々が約6,700人という多数の患者さんのデータを収集して解析し、SPARK indexを検証したことが評価されたのではないかと思います。本研究によって指標のさらなる精度の向上、有効性範囲の拡大へ向けての重要な評価結果を示すことができたと考えています。
(インタビュアー :上村先生)
?今回の研究で大変だったことは何でしょうか。
→手術前の患者さんの背景因子や内服薬、および一部の検査データやAKIの発症の有無を手作業で確認して集計しており、時間的にも労力的にも相当苦労しました。機械的な集計では不可能なデータを揃えることができ、データ数も多く、精度の高い検証を行うことができました。
④先生が腎臓内科を専攻されたのは、何か具体的なきっかけがあったのでしょうか。また、医学の道を志された経緯についてもご紹介ください。
→総合的に全身を診ながら、一方で何らかの臓器に対して専門性をもって、自分自身で診断?治療できる医師になりたいと思っていました。腎臓はたくさんの臓器とつながっていて、患者さんの診察の際には必然的に全身を診なければいけませんし、腎臓内科では自分たちで腎臓の組織を採取(腎生検)することで、実際に腎臓に何が起こっているのかを診断し、それに応じた治療ができるので面白いと思いました。いろんな角度から患者さんの疾患を捉えて、一人一人に応じた治療方針を立てることにやりがいを感じています。研究については、入局したばかりの時はあまり興味はありませんでしたが、当時在籍されていた村島先生に臨床研究について教えていただく機会があり、今回の研究に誘っていただいたことは良い出会いであったと思っています。
⑤日々の研究活動の中で、問題意識を持っておられることがあればご紹介ください。
→診察に関して難しいなと感じるのは、腎臓の特性でもありますが、腎機能が悪化しても自覚症状として表れにくいことです。血液検査や尿検査の結果が悪くても、自覚症状がないために受診が途絶えてしまう患者さんもいらっしゃいますし、患者さんがしんどいなと思って受診された時には、すぐに透析が必要なほど腎機能が悪くなっていることがあります。また、生活指導や投薬による介入で、腎機能が年々悪化していく速度を検査結果の上では抑制できたとしても、患者さんは自覚症状としてわからないので、「腎臓内科にくることは本当に意味があるの?」と感じる患者さんもいらっしゃいます。ごもっともだと思います。そのような患者さん一人一人にどのように説明して、納得して通院していただくかは、課題だと思っています。研究に関しては、有名なジャーナルやガイドラインに記載されていることが、必ずしも正しいとは限りません。よく読むと、きちんと証明された事実ではなかったり、単なる専門家の意見で調べると実は違った、ということがあります。すべて鵜吞みにせず、目の前の患者さんに本当に当てはめて良いかどうか考える必要があると思っていますし、臨床研究という観点で適宜検証できればと思っています。また、腎臓は前述のように、他臓器とのつながりが重要だと感じています。現在、小児科の先生方や整形外科の先生方とも共同研究をさせていただいております。腎臓単独だけではなく、他の臓器とのつながりという観点からも、新たなエビデンス(科学的根拠に基づいた事実)をご報告できればいいなと考えています。
⑥今後の先生の目標についてお伺いします。研究内容等について差し支えない範囲でお話いただけるでしょうか。
→臨床的な目標は、この予後の悪いAKIの発症を予防することです。これまで、AKIの発症を抑制すると明確に証明されたお薬や処置はありません。鶴屋先生が当科の教授に就任された後、機会にも恵まれ、基礎研究にも従事させていただいております。遺伝子改変マウスに虚血によるAKIを惹起して試行錯誤していますが、現在のところAKIの予防につながるような成果はまだ出ていません。基礎研究は臨床研究と違った難しさがあります。条件設定がとても難しく、限られた時間の中で診察、臨床研究および基礎研究を並行してひとりで行うのはほぼ不可能だと思います。一方で、医局の雰囲気もあってか一緒に働いてくれる若手の先生も増えています。一人でではなく、グループ内で作業を分担しながら一つ一つ、新たなエビデンスを構築できたらいいなと考えています。臨床現場では患者さんが喜んでくださる姿が仕事への大きなモチベーションになります。お手紙をいただくこともあり、医師としてのやりがいを感じます。少しでも透析までの期間を延ばせるようにこれからも臨床に研究に励んでいきたいと思います。
⑦最後に、本研究を進めるにあたって多くの方々のご協力があったと思いますが、特に感謝をお伝えしたい方があればお聞かせください。
今回モデルを検証するにあたり、SPARK indexを考案された韓国の先生方からも助言および一部の追加データを快く提供いただきましたし、本当にたくさんの先生方にお世話になりましたが、その中で特に挙げるならば、当科の鶴屋和彦教授と、直接研究のご指導をいただいた村島美穂先生に感謝申し上げます。
鶴屋教授は、他の医局員に対してもそうですが、日頃からこんなことがしたい、と我々が提案したことに対し、ダメとおっしゃったことがなく、いつでも後押ししてくださいます。研究は、何をするにもお金がかかります。いつも快く許可頂くからには、こちらとしても一生懸命研究しよう、何とか科研費を獲得しようというモチベーションにもなりますし、日々感謝しています。
村島先生にはAKIの研究に携わるきっかけを与えていただきました。当初は村島先生と私と國分先生の3人で始めた研究になりますが、患者さんの登録からデータセットの作成まで、本研究をメインで牽引して下さったのは村島先生です。その後、私が研究を引き継ぎ、今回の成果発表に至りました。研究姿勢や取り組み方から具体的な解析手法まで、多くのことを村島先生からご指導いただきました。先生の所属は変わりましたが、現在でも研究について相談させていただく機会があり、大変感謝しています。私も入局して10年経ち、後輩の医局員の指導を始めています。村島先生から学んだことを次の世代に伝えていけるように頑張ります。
以上
<編集後記>
患者さんの全身を診ることができる医師を目指したいとおっしゃっておられたところに大きな探求心と意欲を持っておられる事を感じました。自覚症状の少ない臓器であると同時に全身の健康状態に密接に関わる臓器である腎臓について、研究を行いながら、個々の患者さんに寄り添った治療を目指しておられる西本先生に、さらなるご活躍を期待しています。
(インタビューアー:研究力向上支援センター 特命准教授?URA 上村陽一郎
URA 垣脇成光 )
【JAMA Network Open】:世界で最も広く読まれている医学雑誌の1つであるThe Journal of the American Medical Association(略称、JAMA)の姉妹誌であるオープンアクセスジャーナル。(外部サイトへリンク)
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