入浴関連死の予防に向けた新たなエビデンス
ー 全国死亡データと実生活データにもとづく多面的研究 ー
概要
日本では毎年約2万人以上が入浴中に急死すると推計されており、特に65歳以上では溺死数が最も多い国であることが報告されています。長年、安全な入浴方法に関する啓発が行われてきましたが、浴槽内溺死者数は依然として増加傾向にあります。
奈良県立医科大学 疫学?予防医学講座 田井義彬講師らは、入浴関連死の実態とその背景をより正確に理解し、新たな予防策を検討するため、以下2種類のデータを用いて全国規模の検討を行いました。
- 1995~2020年の26年間に発生した約11万例の浴槽内溺死(人口動態統計)
- 奈良県在住1,479名の生活環境?体表温度?入浴行動に関する疫学データ
その結果、従来の「高齢化による増加」だけでは説明できない新しい知見が得られ、予防策の方向性も明確になりました。
研究成果
1.高齢者人口の増加だけでは、浴槽内溺死の増加を説明できない
1995~2020年の「浴槽内での不慮の溺死(ICD-10:W65)」111,063例を解析した結果、死亡者数は高齢者人口の増加以上に増えていることが、年齢調整死亡率の上昇から明らかになりました。
都道府県別の標準化死亡比では、神奈川?福岡?富山が高値でしたが、明確な地域要因よりも死因分類運用上の地域差が背景にある可能性が示されました。

図1 年別?月別?年齢層別にみた浴槽内溺死数
(A) 年別の浴槽内溺死数(棒グラフ、灰色)と年齢調整死亡率(折れ線グラフ)
(B) 月別の浴槽内溺死数(棒グラフ、黒色)
(C) 年齢層別の浴槽内溺死数(緑:男性、赤:女性)
2.気温が低いほど浴槽内溺死が増加
日別平均気温と死亡例(110,938例)を突合した解析では、
気温が低い日ほど死亡が増える「負の関連」が全体として認められました。
- リスク増加は男性?高齢者ほど強い
- 夏季に比べ冬季のリスク上昇は地域差が大きく、
- 温暖な地域ほど冬季のリスク上昇が大きい傾向
- 二重窓普及率の低さ、独居高齢者の多さ、要支援高齢者の多さなどの地域特性も影響

図2 日別平均気温と浴槽内溺死発生数の関連
(A) 全国データを用い、一般化加法混合モデルにより解析した結果(性別?年齢層別の比較を含む)
(B) 都道府県別に一般化加法モデルを用いて解析し、リスク上昇(夏季に比べて冬季にリスクが最大何倍になるか)を地図上に表示
3.入浴関連死は「季節要因だけでなく、特定の日にも多い」
都道府県別の計446,358日分の時系列データを用いた解析では、
浴槽内溺死には明瞭な周期性がみられ、特に元旦に突出した増加が確認されました。
推定されたリスク(平日比較)
- 元旦:3.59倍
- 祝日:1.23倍
- 日曜日:1.16倍
また、気温はこれらの季節変動の80.3%を説明しており、死亡との関連は「当日~2日前」の気温で最も強いことが示されました。
将来予測では、人口減少により絶対数は減少しますが、地球温暖化を考慮に入れても人口当たりの死亡数は2060年代まで現在より高い水準が続くと見込まれています。

図3 浴槽内溺死の時系列データ解析
(A) 日別発生数の推移(折れ線グラフ)
(B) 浴槽内溺死の季節変動(赤線:気温調整あり、黒線:気温調整なし)
(C) 気温と浴槽内溺死の関連(21日前までの気温を含めたモデル)
(D) 浴槽内溺死発生の将来予測(寒色:低CO2排出シナリオ、暖色:高CO2排出シナリオ)
4.気象情報を用いて「明日の入浴危険度」を予測するAIを構築
住居内発生の浴槽内溺死に限定した99,930例を用い、XGBoost?LSTM によるAIモデルを構築。
実際の死亡数と予測値は大きく乖離せず、一定の精度で再現可能でした。
SHAPによる重要度解析では、
が主要因で、湿度?気圧などの寄与は小さいことが分かりました。
天気予報と組み合わせた「入浴危険度予測ツール」としての活用が期待されます。

図4 浴槽内溺死日別発生数予測モデルの性能評価
(A) 観測値(黒線)と予測値(赤線)の比較
(B) SHAP による予測因子の重要度の比較
5.室温?体表温度が危険な入浴行動を左右する
平城京スタディ(1,479名)による生活環境データの解析では、
- 外気温?室温?手首皮膚温が低いほど
→ 高温?長時間の入浴をしやすくなる
- 室温を上げれば、外気温が低くても高温入浴は起こりにくい
- 室温が低い環境でも、体表温度が高ければ高温入浴を回避しやすい
という結果から、
室温確保や体表温度を上げる工夫が、現実的な予防策となり得ることが示されました。

表1 入浴前温熱環境と入浴条件との関連
研究の意義
本研究は、入浴関連死について「全国レベルの詳細データ」を用いた初の包括的研究です。
本研究により明らかになった点は以下のとおりです。
- 浴槽内溺死の増加は高齢化だけが原因ではない
→ 新たな危険因子を考慮した対策が必要。
- 特定の日(元旦?祝日?日曜日)や特定集団が高リスク
→ 対象を絞った注意喚起の必要性。
- AI による「明日の入浴危険度」予測が可能
→ 即時性のある新しい予防策へ応用可能。
- 室温や体表温度を高めることで危険行動を緩和
→入浴方法に依存しない現実的な対策の方向性を提案。
これらの知見は、救急?医療体制や死因究明体制の維持、冬季過剰死亡の抑制といった公衆衛生上の課題を考える上で重要な示唆を与えるものです。
本ページの図表は原著論文を基に著者が改変したものです。
用語解説
- 入浴関連死:入浴中またはその前後に生じた急死を指し,原因は問わない。溺死に加え,心疾患や脳卒中などの内因性疾患による死亡も含む。
- 浴槽内溺死:人口動態統計の死亡票上で「浴槽内での不慮の溺死及び溺水(ICD-10コードW65)」と分類された死亡
- 年齢調整死亡率:各年の死亡数を同一の基準人口の年齢構成にそろえて比較するための指標
- 標準化死亡比:全国の年齢別死亡率と各都道府県人口の年齢構成を用いて推計される死亡数に対する、実際の死亡数の比
- XGBoost (Extreme Gradient Boosting): 勾配ブースティング手法を高速かつ高精度に改良した機械学習アルゴリズム。
- LSTM (Long Short-Term Memory): 時系列データや文章など、連続データの長期依存関係を学習できるニューラルネットワークの一種。
- SHAP (SHapley Additive exPlanations): 機械学習モデルの予測に対して、各予測因子がどの程度寄与したかを数理的に説明する手法。
論文タイトルと著書
- Tai Y, Obayashi K, Yamagami Y, Saeki K. Drowning and Submersion Deaths in Bathtubs and Associated Factors: A Descriptive and Ecological Study in Japan, 1995-2020. J Epidemiol. 2025 Nov 5;35(11):482-489.
- Tai Y, Obayashi K, Yamagami Y, Saeki K. Association between outdoor temperature and bath-related drowning deaths in Japan (1995-2020): modifying factors and the role of prefectural characteristics. Environ Health Prev Med. 2025;30:55. doi: 10.1265/ehpm.25-00116.
- Tai Y, Obayashi K, Yamagami Y, Saeki K. Seasonal Variations in Bathtub Drowning Deaths and the Impact of Outdoor Temperatures: A Nationwide Time-Series Analysis with Future Projections. Environ Health Prev Med (in press).
- Tai Y, Obayashi K, Yamagami Y, Saeki K. Forecasting Daily Bathtub-Drowning Mortality in Japan: A Comparative Analysis of Statistical, Machine Learning, and Deep Learning Approaches. Frontiers in Public Health (in press).
- Tai Y, Obayashi K, Okumura K, Yamagami Y, Saeki K. Blood pressure, pulse rate, and skin temperature during hot-water bathing in real-world settings among community-dwelling older adults: the HEIJO-KYO Study. Environ Health Prev Med. 2024;29:12. doi: 10.1265/ehpm.23-00320.